而今 nikon

切り絵切ったり、絵を描いたり、歌ったり、喋ったり。

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何回めかのスタートライン

何かしなきゃ。
いつもそう思っては、新しいスタートをきるんだ、いくぞ、いくぞと勇んで、
いつも尻切れトンボになった。
何かを変えたい、そう言いながら、特効薬みたいなものを探していた。
いつも、未来は、「今」の先にしかないのに。

ハイハイ。
まあ、あれですよ。
よくね、雑誌の後ろにありませんか?ダイエット広告でね、なんと!たった一ヶ月で効果が!
これを飲むだけで運動もつらい食事制限もナシ!みたいな。
ね。
あるか、そんな都合のいいもの!!
と、思いつつ心グラグラ、というのは悲しい性なり。

ダイエットに限らず、絵でも音楽でも、そんなものを探してしまう。
これをこうしたら。
そしたら、わたしは変われるはずなんだ、と。

話が変わるんですけれどもね。
去年一年は、大きく動いた年でして、それはどちらかというと、
あまり良いことで動いたのではない、のです。

とはいえ、本当に、大きなうねりの中にいるのだと思う中で、様々なことを考えました。

そのとき考えたすべてのことを、書くことはできないし、
実際、忘れてしまったこともある。

だけども、いま、思うのは、
未来をいくら案じても、望んでも、それは今の先にしかないということ。
今生きた結果が、すべて、未来につながるのだということ。

ずっとそれは気がついていたし、実践しているつもりでいたけれど、
はっはっは、なんと出来ていなかったことか!!

今日、ブログのタイトルも変えました。
「而今」です。
にこん、と読みます。
禅の言葉で、今を懸命に生きること、今を生ききること、だそうです。

ここから、また、人生における、何度めかのターニングポイントのひとつ、そして、
リスタートの時期でもあると思います。
先に囚われて、今をおろそかにしないように、戒めと、決意を込めて。

今日も読みにきてくださってありがとうございます。
真面目なのは多分最初だけです(笑)。


続きに少々暗めの話をしてます、お付き合いいただける方はどうぞ〜♪
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ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、先月、母が亡くなりました。
去年の夏に余命1年と宣告を受け、今年の5月には余命3週間、長くて2ヶ月と言われてから、
3ヶ月頑張ってくれました。
多分、母が望んでいた自宅での最期を、家族全員で看取ることができました。

うちは、わたしが介護関連、姉は看護師、姪も看護のことに詳しいという、ある意味恵まれた環境だったので、
要介護5ではありましたが、在宅介護ができました。

環境だけでなく、居宅ケアマネ、訪問看護の皆さん、訪問入浴の皆さん、リハの方、福祉用具の方、皆さんが親身になってくださったことも、大きなことだったと思います。
加えて、もともと姪がうちの両親と一緒に住んでいたこと(学校に通いやすいこともあったので)、
退院後は姉がそこに加わってくれたこと、
そして、自分の職場の方の理解があり、休みが取りにくい中でもどうにかして休みを取らせてくれたこと、
(私の代理になる人がいないので休みをとるのがむずかしかったのです、ブラック企業なわけではありません・笑)
本当に、人は一人では生きていけないのだと、気づき、また、感謝の一年でもありました。

本当に、いろいろなことを思いましたが、もっとも思ったことがあります。

母は、出かける途中に吐き気と頭痛で倒れ、病院受診し、脳腫瘍と診断されました。
最初は歩くこともできていましたが、手術後、多分影響ないだろうと思われていた運動機能に影響が出て動けなくなり、食事も摂れなくなりました。
なにより食べるのが好きだった母でしたが、食べられなくなりました。
スーパー銭湯に行くのも好きでしたが、それもいけなくなりました。

母がスーパー銭湯に最後に行ったのはいつだったろう。
そのとき、それが最後だと知っていただろうか。
知るはずもない。

手術後は、いろいろな欲から解き放たれたように、仏のように、ありがとう、ありがとう、と言っていた母でした。
きっと、ああ、あの時にもっと楽しんでおけば、味わっておけば、と思っていたようには思いませんが、
しかし、それでも、もう一度、好きな場所へ行きたかっただろうかと、思います。

自分を顧みて、もしかしたら、いつも当たり前のような日常の一コマでもこれが最後になるかもしれない、だとしたら、感謝して、精一杯楽しもう、とも思いました。

そして。
母に、してあげられることも、もっと、真摯にしてあげればよかった、とも。思いました。

もう、母にしてあげられることがなくなりました。
ケーキを買って行ってあげることも、買い物に付き合うことも、母の外出前の洋服選びも、
マッサージとか、話を聞くこととか、
もっと大事にすれば良かったな、とも思います。

今を懸命に生きること。

最後の最期まで、母は脳を圧迫する脳腫瘍と戦いました。
最期の最期まで心拍が170前後のままだったことから、それがわかります。

今を。

母が好きだった言葉は「和顔愛語」でした。
やわらかな表情で、美しい言葉を、という、禅の言葉です。

今を懸命に生きること、生ききること…而今。

最期に、母から教えてもらったのだと思います。
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